「憎しみは憎しみしか生まないのです」
と、
朝からダンナに耳元で囁かれ起こされる!?
知ってるけど!
何、
突然??
いやいや目覚めてダンナに詳細聞いたら、
近頃我らが懸念していたアパルトマン疑惑の
迷惑トラブル犯人だと思いこんでた上階に
引っ越してきた人が実はそうじゃなかった、
しかも想像以上に常識的で善良そうであることが
偶然会って挨拶した折発覚してうれしくなり
舞い上がっちゃったらしい。??
やっぱ他人をウザイ、とか憎らしい、っておもうより、
できたら基本愛したいよね、
って我々は最低でもそう思う
自らの貴重なエネルギーをネガティブ事項に注ぐのが
とてつもなくもったいないし、いつも真っ白でクリアーな
気持ちで世界と向き合っているのがきもちいから誰かや
何かをわざわざ問題視したりきらうよりはわりと好き、
または、べつにいんじゃない、もしくは全然いいですけど、
って気分でいるほうがラクなのだ。
(それでも「苦手事項」はまだまだたくさんあるけど 😛 )
ちかごろの世はちょっと、個々の憎しみの台頭が目につく、
や、きっと今だけじゃない、
昔から人間の世界にはそういうのが大なり小なり
渦巻いてきた。精神面だけそっからあんまり進めてないというか、
文明や科学がこれだけ進歩して世界がグローバル化
してるわりには、原始的で幼稚な憎しみとか、妬みとか、
迷妄とか、それが過剰になると傷つけるとか、殺害とか
テロに走るとか、そこだけなんか古い。
墨子兼愛もしくはジーザス的隣人愛溢れる
善人になる必要はなくとも
最低限の社会的キーワード:孔子でいう
「己の欲せざるところはこれを人に施すことなかれ」
くらいを軽やかに守り各々自分の人生を徹底的に慈しみ
エンジョイ保ちおもしろいことみつけて、たまには失敗したり、
苦労もするけどそこから成長して益々内面外面磨けていけたら
それ美容にも必ず超いいとおもう。
などなど、ルーマニアの中世的城塞都市シギショアラの
写真を見ながら、トランシルヴァニア・ザクセン人や
近頃の人類の歴史のことなどを想ふ。。。ズィーン
シギショアラ歴史地区、14世紀に建てられた
ランドマークの時計塔を中心に成るこの小さな城塞都市は
中世の気分がめいっぱい味わえるとてもかわいい観光スポット?
の、わりにはかなりすいてて最高。オフシーズンの旅まじ最高。
でも街の下のカフェには結構人がいたからそこそこ
定期的に観光客は訪れているみたい。
ではでは後半いよいよドラキュラスポットへ、、
その現場付近で起きた私のハズイどどど勘違い事件などへ、、づづぐ
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